2008年1月15日 (火)

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「魔物の卵… ですか───」

軍司補佐官セクティ・ノーラは、ひきつった声で言った。

彼は前任のアスタの代から補佐官を務めており、当然、そこに出入りする大将たちの顔も、どのような性格の持ち主かも知っている。その中で、一番上司にはなってほしくないと思っていた人物が、今回ここの部屋の主となったことを憂鬱に思っていたところへ、早くもとんでもないことを持ち込んでくれたようだと、執務室の前室で頭を抱えていた。

おまけに、一緒に子供がついてきたと思ったら、国王陛下であると紹介され、一緒になって卵を眺めているのでは苦言の呈しようもない。

それから何人か大将や中将といったクラスの人たちが挨拶に来たが、大臣という肩書きとは何であるかを忘れてしまいそうなくらい、皆一様にお友達であったり、弟分扱いであったりで、本人からも威厳というものが全く感じられない。学校を卒業してここへ出入りするようになって、まだ2年程しかたっていない人物にそういったものを求めるのが間違いなのか…… 逆に言えば、もう2年も経っているのだから、もう少し雰囲気を感じ取ってくれてもよさそうにも思う。

───そういえば、クルエラ様もこの人には甘かった。

 魔力の強さで身分を決めているのだから、ある程度魔力で下を治めるのは当然というような人だったのに、クラウセル様には、城に来たころからよく世話をやいていたし、クルエラ様ではなく「アスタ」と呼ばせていたのもクラウセル様ひとりだ。

考えていることは、周りにだだ漏れだし、仕事はそつなくこなしているようだが、態度はまじめだとはいえない。服装だって、肩から背中へ垂らす布の長さで身分を表現しているというのに、動きにくいというだけの理由で短めにし、しょっちゅう下の者に同僚と間違われている。ジョゼの魔力を大きく評価する上の判断が間違っているのでは? とさえ思ってしまう。

陛下の方はといえば、セクティ自身もそうだったが、大将とされる者たちもその姿を知る者はいなかったようで、なぜ子供がここにいるのかと不思議そうな顔をする人たちがほとんどだった。陛下は入ってきた人物の顔に一瞥だけ与えると、すぐに卵の方に視線を戻したり、窓の方へと向けたりで、この部屋に入ってきてから、ひと言も口をきいていない。「彼は?」と疑問を口にした人には、ジョゼが国王陛下であることを告げたが、それとセットでいる魔物の卵の方が、存在としては重要に見えたようで、少年の抱えているものの正体を知って、呆れて帰っていく者の方が多かった。中には、陛下の姿を見た途端、稚児など連れて来おって…… と考えた人もいたようで、さすがにこれにはジョゼも表情を曇らせて、

───そんな趣味はねぇ……

と、心の中でつぶやいているのが、セクティにも聞こえた。

 夕方になって、いよいよ卵のヒビが大きくなり、時々くちばしの他に目や翼らしきものも時々見えるようになってきた。どうやらこれは鳥の形をした魔物であるらしい。

 やがて、すっかり孵化して、1時間も経つころには濡れていた綿毛も乾いて、真っ黒なふわふわ、もこもこの丸々とした雛が姿を現した。

「結構かわいいな。───餌は… やっぱり肉だろうな…」

 それを聞いたセクティは溜息をついた。もはや、森に返すとか、そういう気はないようだ。これから毎日あの魔物がここにいて、それが日々大きく、凶暴に育っていくことを考えると憂鬱だった。

 その様子をシルフィールは見つめていたが、声をかけるようなことはしなかった。

 ジョゼが大きく伸びをした。

「やっと、本日終了。───腹減ったなぁ…… よ~く考えたらオレ、今日何も食べてないや。───陛下もお昼食べなかったね。お腹空いたよね。一緒にごはんしようか」

 その様子を見て、セクティは今日一日の疲れがどっと倍に膨らんでいくのを感じた。

 今、目の前にいるこの無口な少年が国王陛下であると告げられた瞬間から、何か失礼があってはならないと緊張のしどおしで、お茶を出そうにも、自分が直接声を掛けていいものかも判断できず、結局何もできないまま時間だけが過ぎたというのに、この若き軍司は、何の意識もせず、友人に対するものと同じように声を掛けている。若さゆえのものか、本当にバカなのか、それとも陛下の許しを得てそのような話し方をしているのか─── だが、考えてみれば今までの国王陛下は城の寝所でひっそり眠っているもので、歩いているところはおろか、姿すら見かけたことがないのが普通だった。ラウルも、王太子として存在は知られているが、直接言葉を交わした者はほとんどいない。つまり、いくら大臣という国王に直接会うことを許された存在の近くにあっても、それ以上に上の存在には慣れていないのだ。

 色んな考えだけが空回りしている間に、ジョゼたちは帰り支度をすませ、セクティに別れを告げた。

この人について明日からちゃんと働けるだろうか? 不安だけが重くのしかかってくるのを感じた。

 寝所では、ラウルも加わって3人での食事となった。

 メインで出てきた肉料理を、ジョゼが小さく切って雛と思しきものに与えている。それを不愉快そうに眺めていたラウルが口を開いた。

「ジョゼ・クラウセル、さっきから気になっているのですが……」

「あぁ、これ? 今日、陛下が見つけた魔物の雛だよ」

 さらりとジョゼが答える。当の見つけた本人も、何も気にした様子はなく、自分の目の前に並べられた食事を片付けていくことに専念している。

「───それは、わかりますが、それをいったいどうするつもりですか?」

 なんとなく、帰ってくる答えがわかりそうな気もしたが、一応聞いてみることにした。

「……ここで飼おうかと思っているんだけど───」

「……ここで… ですか?」

 城の上を何度か飛んでいる姿を見たことはあるが、ラウルはこれまで魔物をあまり近くで見たことがない。魔物は恐ろしいものとしか考えておらず、一つ屋根の下に仲良くいるなんてことは全く考えられない。

「部屋はあるんですよね。オレの家では、周りに人間が多くいすぎて連れて帰るなんてできないし… ここなら、対処できる者も多くいるから安心だし」

「───対処できるかどうかはともかく…… つまり、あなたもここに住むということですか? それならもっと早く言ってくださらないと。私の他に、大臣だからと部屋を使っているのは、トゥールとクルエラくらいですから、他の部屋は使えないことはないですが、それなりの準備が必要ですよ」

「じゃぁ…───アスタの部屋でいいよ。あの部屋なら何度か入ったことあるし」

 シルフィールが顔を上げ、しばらくジョゼの顔を見つめたが、何も言わずにまた食事へと戻った。

「───あなたがそれでいいというのなら、かまいませんが…… それは暴れたりしないんでしょうね…」

 それとは勿論、魔物の雛のことだ。寝ている間に襲われるようなことがないのか、きちんと確認をとっておかないと、落ち着いて眠ることすらできなくなってしまいそうだ。

「大きくなるまでには、何かいい方法を考えておくよ」

 とても安心を得れそうにはない返事に、ラウルは深く溜息をついた。

 食事を終え、アスタの使用していた部屋に入ったジョゼ。部屋の中はきちんと掃除をされてはいるものの、その部屋の空気は、まだ前の主の帰りを待っているようだった。

 魔物の雛はザルのようなかごに入れられ、昼間ジョゼが着ていた服にくるまったまま眠っている。そのかごを近くにあったテーブルの上に置き、ベッドに腰掛けて辺りを見回してから、今自分が入ってきた扉を見つめた。勿論、誰も入ってくるものはない。

アスタが姿を消してから、もう半月ほどの時間が経つ。ジョゼも何度かアスタの気配を追ったりしてみたが、何もひっかかってくるものはない。イルセアが、陛下がかかわっているようなことを言っていたのを思い出したが、今日一日シルフィールの様子を見ている限り、噂は真相を語ってはいないように思えた。

あれでは機嫌を損ねたというよりは、状況が飲み込めず混乱していたといった方がまだ可能性が高いように感じる。

───ジスターゼ様に、事が起こった状況くらい聞いてみればよかった。

 もし、混乱ということであれば、落ち着いてきている今なら、状況を説明して陛下にも探索を手伝ってもらうことは可能ではないのだろうか?

 いろいろな思いと考えが、次々に浮かんではくるが、やはり状況を知らないことには、すべてがたとえば… の話になってしまう。

 ベッドに横になりかけて、また扉へと視線が動いた。

「突然いなくなられるのも、何とも複雑な気分だな……」

 数日振りにベッドで横になるというのに、緊張が完全には取れない夜になりそうだった。

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2007年12月25日 (火)

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 部屋の中へ入ると、ラウルは慣れた手つきでシルフィールの服を直し、それからジョゼに辞令を手渡した。そこにかかれていた役職名を見たジョゼは、冗談かと思い文章をじっくり見直した。だが、どこをどう読んでもおかしなところは見つかりそうもない。

「軍司……」

 それは、国王、太子ラウル・ジスターゼ、国司コーデュラス・トゥールと続いて、少し前ならここに軍司アスタ・クルエラの名があった地位だ。他の大臣たちより強い魔力を持つなどとは、到底思えないし、まだまだ世間知らずのガキだと思っている自分に、そんな役職が務まるとは思えない。

「冗談……ですよね───」

「私としては冗談にしたいところですが、決定事項です」

 表情を崩すことなく、さらりと冷たく返された。9

 ラウルからも、考えていることなどまったく見えてこない。表情からも何も読みとれない。年齢はジョゼよりひとつ上だと聞いているが、こうして目の前にすると、もう少し上ではないのかと思えた。ただ彼の周りにある空気だけがピンと張り詰めていて、緊張だけが伝わってくるようだ。彼に会った同僚が、本当に息が詰まって死ぬかと思ったなどと言っていたことを思い出す。

 アスタもここまで静かだったろうか?

 同じ静かさを持っていても、まだ子供の陛下のほうが、何かを読み取ることはできそうだ。

「アスタの生死も、まだわからないのに?」

「だから、です」

 その間もシルフィールは、しばらくジョゼを見つめていたが、やがて飽きたのか、窓の外へと視線を動かした。絶えずいろんなことが視界なのか、脳裏なのかに描かれており、その中で興味の湧いたものに意識を向けることで、さらに詳しい情報を得ることができる。

 今回の場合は、鳴き声のようなものが、かすかに聞こえていた。人間のものではない。だが、他の動物とたちとも違う特殊な気配を発している。それがどこからのものであるのかを探していた。遠くではない。同時にコツコツと何かをノックしているような音も届いてくる。

 やがて───その正体を見ることはできたのだが、それが何であるのかがわからない。どこかで見たことはあるのだが……

 室内に戻した視界の中にジョゼの姿が入ってきた。どこかでとは、彼の記憶の中だったことを思い出した。

「魔物?」

 この気配の主はそう呼ばれているようだ。

「───! どこ?」

 シルフィールのひと言に、ジョゼが素早く反応した。答えとなる場所を示す言葉、今度はそれをジョゼの中に探す。

「………温…室───」

 言うのとほぼ同時にふたりの姿が消える。

「あ、待ちなさ……」

 魔法が発動されるのを感じたラウルは、あわてて静止しようとしたが遅かった。ジョゼの気配が温室へ移動したのを確認して、ラウルは溜息をついた。

 今の魔法はシルフィールのものだ。

「できるだけ歩くよう、今朝言ったばかりなのに…… しかも、国王と軍司で気配のカケラがあるかないかの魔物退治? こんな国、早く潰れてしまえばいいのに……」

 机の上に置かれている仕事が目に入ったが、すっかりやる気を失くしていることに気がついて、ラウルはもう一度深く溜息をついた。

 温室にて、ふたりが覗き込んだ先───植えられた低い木の葉陰に、白っぽい楕円のボールにも似た形のものが転がっていた。

「卵───」

 ───いつの間に……

 この温室は、広大な薬草園の一角を成しており、砂漠地帯にあるアクラスの気候に合わない多くの薬草がここで育てられている。薬は、古くから魔法使いたちの得意分野であり、アクラスの経済を担う重要な産業でもある。ゆえに、この温室の監理も厳しく、まさか魔物が入り込んで、卵を産み落としていくなど考えもしなかった。

 この場合、責任は誰が取るんだろう? 温室の管理をする薬司か、それとも国全体の警備を担当する軍司か─── しかし、こんなとこまで入ってきていて、何で気付かなかったんだろう?

 そんなことを考えながら、それを取ろうとジョゼが手を伸ばしかけた時、突然卵にヒビが入った。

 産まれる!───

 ジョゼは服を脱ぎ、卵をそれで包んで抱き上げた。

「せっかくだけどここには置いておけないなぁ…… どうしようか?」

 そう言いながらも、その瞳は、この卵の中からどんな魔物が産まれてくるだろうかと、いろいろ想像が始まっているようだ。10

 見ようと思えば見えるだろうに…… 

 ジョゼは魔物を封じて集めることが好きそうだからここへ連れてきた。ついでに自分は、実際にこの目で魔物を見てみようと思いついてきたのだが、ジョゼの傍にいるのはそうとう騒がしく、慣れるのにはそうとう時間がかかりそうで、ちょっと後悔した。

 ジョゼは、城に入る前から魔物を狩ることを、趣味かスポーツのような感覚で行っていた。アクラス生まれ育ったが、人間の中で育ってきた。周りの者たちは、魔法使いというだけで、魔力に見合った出世ができると羨ましがったが、本人としてはそのもって産まれたものを思いっきり使ってみたかった。

人間の中で生活する限り、魔力は絶対に必要なものではない。失せもの探しや、占い、呪いに近いことをやって人を喜ばすことはできたが、ジョゼはちっとも嬉しくはなかった。

やがて8歳になって魔法学校に入学、そこに8年いたが、簡単な魔法を教わる程度で、薬学、医学に関する勉強のほうが、割合としては大きかった。

そんなある日、たまたま察知できた魔物の気配を追って森へ行き、城に勤める魔法使いたちが魔物を追うのを見た時は興奮して、夜も眠れないほどだった。

魔物には、魔法で張ったシールドなど威ともせずに、火を吹いたり、雷を降らせたり、自らの牙でもって向かってくるものがいる。そいつらに、自分の持つ能力のすべてをもって対抗する。それこそジョゼが望んでいた魔法使いの姿がそこにあった。

それからは、暇さえあれば森へ行った。時には大怪我を負うこともあったが、魔物を狩ることを続けた。だから、魔物の幼生一匹くらいなんとかなるという思いが強い。ひょっとすると、手懐けることもできるかもしれない。

「───何が産まれてくるかくらいは、一緒に見ようか」

卵の中身が出てくるまで、温室で眺めていても時間がかかりそうなので、ジョゼはそれを持って、自分の新しい職場へ向かうことにした。シルフィールは、一緒に見ようと言われたので、仕方なくついていくことにした。

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2007年12月18日 (火)

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6_2 城の二階の一角は、各司たちの執務室が並んでいる。白と金と濃い青に彩られた、その廊下にさしかかった所で、ジョゼはひとりの子供の姿を見つけた。

アクラスの魔法使いは、一枚の長い布をグルグルと身体に巻きつけて衣装にしているのだが、その子供───おそらく少年は、それを適当に巻きつけているため、上半身の細い身体にはとても不似合いにぶかぶかしており、裾もかなり長く引きずっていた。

その少年とは、ほぼ同時に目が合っていた。

どうやってここまで入ってきたのだろう?

城の1階部分は、国民であるなら誰でも入れる場所があるので、人の出入りもかなりある。だが2階に上がってくるには、それなりに監視の目を通ってこなければならない。

こんな格好をしていたら充分目立つだろうに…

その部屋に入ろうとでも考えていたのだろうか? ドアノブに伸ばしていた手を止めて振り返ったその顔は、幼いながらも端整で、深い青の瞳は吸い込まれていきそうなほどだ。そのことがさらに服装とのアンバランスさを生んで、ジョゼは思わずぷっと吹き出してしまった。

7 ───うるさい……

相手のことを瞬時に見てしまうシルフィールは、少しあとじさった。この青年は、寝所に出入りしている誰よりも色んなことを考え、それをわざと隠そうとしていないようだ。それに、魔法使いではない普通の人間と暮らしている。その家の周りにあるものたちも、普通の人間だ。

少しずつ、ここでの暮らし、周りにいる魔法使いたちには慣れてきたが、考えていることなどをまったく閉ざすことができない人間の情報を、一度に入れるのは賢明ではない。

だが、人間の気配を感じる者なら他にもいた。この青年は、他と違う何かを感じる。そのことが、シルフィールをその場に留まらせていた。

「逃げなくてもいいよ」

 笑いをこらえながらジョゼが言った。

「逃げなくてもいいけど、その部屋には怖~いお兄さんがいるから、そんな格好では入らないほうがいいよ。おいで、ちゃんと着せてあげるよ」

 ───この人、知ってる… だけど、どっちだろう?

 声を聴いた瞬間、よく似た二人の顔が脳裏に浮かんだ。ひとりは今目の前にしている青年より年齢が上で、ひとりは今の自分とそんなに変わらないほどだろうか? 同一人物の成長した姿とも思えるが、よく見ると瞳の色が違う。年上のほうは紫だが、少年のほうは自分によく似た青い瞳だ。では、前者が今目の前にいる人物の何年後かの姿なのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、現実のジョゼが目の前にいて、着ているものを直そうと手を伸ばしていた。

 少し驚いたが、以前ほど混乱は起きない。それに、どうやらまるっきりすべてを見えるようにしているわけでもないらしい。所々意識を集中させないと見えないようになっている部分もあるのを感じ取ることができた。だがそれは、シルフィールにとってはほんのわずかな部分にすぎない。

すべてをはっきりと見て取れるわけではないが、それだけに騒音としか感じとることができなかった。

 一方、その扉の向こうでは、ラウルが雑務を処理しながら、ジョゼが入ってくるのを待っていた。気配で彼がもう扉のすぐ前まで来ていることは感じている。だが、そこから一向に入ってくる様子がないのはどうしてだろうかと考えると手が止まった。

 今のラウルに、シルフィールの気配を感じ取ることはできない。

 だからジョゼがひとり、ただ廊下に立ちすくんだまま入ってこないようにしか思えない。

───そんなに緊張されるとは思えないが……

 ラウルは、しびれをきらして立ち上がり、廊下へと向かうことにした。

 扉を少し開いたところで、二人の姿が視界に入ってきて、ようやく事態を把握したと同時に驚いた。シルフィールがこのアクラスへ来て20日ばかり経つが、自分以外の人間と平気な様子で一緒にいるのを初めて見たからだ。

 ここへ来るまで、いったい彼がどういう生活をしていたのか、そしてどのようにして連れてこられたのか非常に興味があるが、城の中で覚醒するまでの一切の過去の記憶を消去されてしまっているのだから、これは永遠の謎だ。

それは、ラウル自身にもあてはまる。

アクラスの国王となる資格を有する者、いうなれば世界最強の魔法使いの出生はどこで起こるかわからない。魔法使いの子供が、魔法使いである保障もない。普通の人間同士の夫婦の間に生まれた子が魔法使いということも少なくない。

すべてを偶然に頼らなければならず、極端な話、明日を生きていくのにも苦労しそうな貧困の家庭で生まれた翌日には国王に… なんて話もありうるわけで、そういった場合国王の親族だからと特権を求められるのも面倒だという理由から、本人のみならず、その人物にかかわったすべての人の記憶を消して、国王として迎えられるということらしい。

ずいぶん勝手な話だと、その仕組みを知ったラウルは憤慨したが、国王は寝たきりで、国司や典司といった大臣たちはその実態を知らず、すべては老と呼ばれる、人数も普段どこにいるかもわからない者たちによって仕組まれており、どうすることもできなかった。

その、どうすることもできないまま、ラウルと同じように記憶を奪われ、国王とされてしまった少年を目の前にすることになってしまった。それはとても悔しいことであったが、シルフィールの場合、今の状態を見るに、人間に囲まれて暮らす姿など想像すらできず、かえってここへ来たほうがよかったのではないかとも思えるから、複雑な気分である。

ラウルは、シルフィールを見つめた。

その深い青の瞳は、ジョゼをじーっと見ていた。その視線の先にある顔のほうは、かなり困惑しているようだ。

それもその筈、ジョゼの常識で考える限り、この少年のまとっている布は、少年の身体に対して大きすぎるからだ。多少大きいくらいなら何とかなるが、今回はそうはいきそうにない。

「これ、本当にお前の服? 幅はあるし、長いし─── このまま素直に着せたら王様みたいになってしま………」

 ここまで言って、ようやく新しい国王が子供であるという噂話があることを思い出した。

ラウルも、ジョゼが目の前にいる少年がどういった人物であるか気づいていないことに気がついた。

 それもその筈、シルフィールは大臣たちとの会議をしている最中に、国王に即位したと紹介された時以外、公式にも非公式にも人の前に出たことはなく、ずっと寝所に閉じこもるように生活していたのだから、大臣と寝所に出入りしている者以外に、新しく即位した国王の姿を知るものはいない。知らなくて当然なのではあるが───

 大臣になろうという人物が、目の前に立っている者の実力をある程度測れないでどうするのか……

少年は、ジョゼを見つめたまま何も話さない。が、そう考えてみると、この少年からは、今考えていることや、過去やそれに関連した映像といったものすべてを感じ取ることができない。つまり自分より強い魔力を持っている可能性があるということだ。

この国で、自分より魔力の強いとされるものたちの顔と名前は今までのところすべて一致していた。その中へ新しい人物が加わったという話は、国王以外に聞いていない。

急に対応に困って固まってしまったところで、横から声がかかった。

「ジョゼ・クラウセル、何をしているのです? 陛下に変な着付けを教えないでください」

───やっぱり……

 ラウルが彼のことを陛下と呼んだことで、少年の正体は決定的なものとなり、さらにその人物をその辺の子供と同じように扱っていたことを見られていたことで、ますます対応に困ることになった。

「陛下、こちらへどうぞ。───ジョゼ・クラウセル、あなたも中へ」

 逃げ出すわけにもいかず、ジョゼはしぶしぶ二人の後について入った。8

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2007年11月19日 (月)

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「あいつら、とうとう始めやがった」

寮の二階の窓から顔を出し、二棟が平行してある寮の中庭部分に目をやりながら、青年はルームメイトにその様子を語った。

そこには二人の男が距離を置いて、向かい合って立っていた。一人は、薄い茶色のストレートの髪をした中年。もう一人は短め金髪を逆立てた髪型の男だ。

この二人の男たちは、事あるごとに対立していることで有名だった。互いの性格がうまくかみ合わないのに加え、金髪の男のほうが少し若く、ほんの少し魔力が強かったのもいけなかったのかもしれない。

長年まじめに失敗もなく勤めていたのに、ある日突然同じ地位に、何も知らない若造がきて、しばらくすると順位を抜かれていた。この国ではよくある話なのだが。やはりこれはとても面白くない。このような場合において、本人が納得する方法はただひとつ、自らの魔力をもって相手に挑む、決闘しかない。相手がいなくなれば、自分の順位が上がる。単純な話しだ。

会話ひとつないまま、それは始まった。

「まじ? 城内での決闘は禁止されているんだぞ… それでなくとも、今上のほうはピリピリしているというのに───」

 互いの魔力はほぼ互角。ただ魔力のぶつけ合いをしていても、かすり傷を負わす程度で埒が明かない。ストレートの髪の男は、自分の得意技を披露することにした。

 前面に伸ばした左の手のひらの上に黒い炎が湧き起った。そう見えた次の瞬間には、それは周辺へと一気に広がって消える。その時、空に舞っていた蝶が、その動きを止め地に落ちた。

「うわっ! あいつ毒を撒きやがった!!」

 中庭の方を向いていた寮の窓という窓がいっせいに閉じられた。5

金髪の男は、慌ててシールドを張ったが、ほんの少しだがその毒をはらんだ空気を吸ってしまい、顔をゆがませた。相手はどうだといったばかりの表情を浮かべている。

風が後ろから吹いてきた。

───追い風か?

そう思った風が、二人の間でつむじを巻き始め、黒い霧を巻き込んで大きくなり、毒の成分を含んだ部分だけがちぎれて遥か上空へと消えていく。二人が第3者の介入だと気づいた時には、残ったつむじ風がその直径を大きく広げ、二人の身体を持ち上げていた。

その向こうにジョゼが姿を現した。

何とか体勢を立て直そうと、もがく二人の距離が急速に縮まっていった。互いの抵抗もむなしく、二人の頭の間で鈍い音が響いた。

「はい、おしまい。───エール」

 エールと呼ばれた男が「はい」と返事をしながらジョゼの後ろに現れた。

「こいつらを頼む。ひとつところに3日もいれば、仲直りもできるだろう」

「かしこまりました」

 二人が引き連られていくのを見送っていたところで、ジョゼの頭の中に声が湧き起こった。

───ラウル・ジスターゼです。ジョゼ・クラウセル、後で私の執務室に寄ってください。

 了解したと返事をして、ジョゼは城へと視線を向けた。ここからは木が邪魔をして、直接彼のいる執務室の窓は見えない。

「───どうやら、朝メシを食い損ねたようだな……」

 ジョゼは溜息をつきながら城の中へと戻っていった。

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2007年11月15日 (木)

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Sasie2

「───お、おはようございます」

誰もいないだろうと思っていた部屋に、元上司がいたというだけでなく、窓際に置かれたカウチで眠っていたことに驚いて、一瞬言葉がでなかった。

「おはよ。早いね。それともオレが寝過ごした?」

 この、自分より若い元上司が、こうして夜勤でもない日に、執務室で寝泊りをしているらしい噂を耳にしたことはあったが、実際このようなシーンにめぐり合ったのは初めてだった。

「国王崩御に続いて、軍司らの行方不明で、数日仕事が滞っておりましたので、早めに…… ここに泊まられたので?」

 彼は先日大将の任を解かれ大臣となり、別の執務室が与えられているはずで、わざわざここに泊まる必要もないはずなのである。

「実家が国内にあるせいで、寮に入れないんだ。フロは使わせてくれるけど……」

「ご実家が近いのであれば別に───」

そう言いかけたところで、彼の、ジョゼの心がまったく閉ざされていないことに気がついた。

「───あぁ、一人暮らしですか……」

この人は本当に強い魔力を持っているのだろうか? 

ジョゼと身近に仕事をしているものは、時々そう考えてしまう。魔力が強ければ、自分の考えていることを相手に知られないようにするのが、魔法使いたちの常識となっている中で、彼だけはそれをしない。つまり、考えていることが、距離を近くにすればするほど、聞こえてしまうのだ。

戦の中で、いかに自分が強い魔力を持っているかを示すことができた昔とは違い、今は上の者の判断で順位を付けられていくだけだ。自分を基準に、相手の魔力が強いか弱いかの判断くらいはできても、相手がどこまで魔力の強い人物であるかを見極めることはできない。

「子離れできない親を持つと不幸だ……」

 ジョゼは、溜息をつきながら言った。

 彼は、アクラスで生まれ育ち、父親は近くにはおらず、母親と二人で暮らしている。

 ゆえにそれもまた仕方がない、とも思う。彼はまだ18歳になったばかりで、人にもよるが、子ども扱いをしてしまう親のほうがまだまだ多いだろう時期だ。そして息子は反抗期、他人が口を出す余地はない。

「大変そうですね」

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 イルセアとしては、苦笑いでこたえるのが精一杯だ。

大臣といえば───

ジョゼのほうでも、イルセアが考えていることを読み取って、ようやく自分が大臣だったことを思い出した。

「オレ、何の司(つかさ)になったのかまだ聞いてない……」

 ジョゼは、カウチの上で両膝を抱えてうなだれた。

 アクラスでは、大臣の呼び名に司をつける。政を総轄する国司(こくし)、軍をまとめる軍司(ぐんし)、式典などを仕切る典司(てんし)といった具合だ。その中にもやはり、魔力の強さにおける上下は存在する。その下のほうといえば、裁判などを取り仕切る刑司(けいし)か、魔法使いお得意の薬の製造、管理などを行う薬司(やくし)だ。今回、任命されるのはそのどちらかだろうと考えられる。

 ジョゼは、まだ城に入って3年にもならない。入って間もなく大将に任命されただけでも驚きだったが、今度は大臣ときた。魔力の強い魔法使いを、できるだけ一ヶ所に集め、国土としては、町と称してもおかしくはないほどの小さい国だが、大国以上の影響力を持つ国となるための策なのだろうが、いい加減なものだ。

───大臣って…… 寝所に部屋をもらえるんだっけ……

「それは… あまり良い考えだとは思いませんが……」

 ジョゼの考えていることに対して、ふつうに話を続けた。相手の考えがはっきりと読み取れるほど、時々こうした混乱が起きる。

「寝所は国王と一緒ですよ。噂ではクルエラ様は、新しい国王に消されたという話ではありませんか。子供だという話もありますが、気に入らなければ相手を消すというような人と同じ屋根の下なんて、私なら嫌です」

「そうか? ジスターゼ様は消されてないけど?」

「しかし……」

「なら、オレも消されないかもしれないよ」

 ジョゼはカウチから身を起こすと、衣服を整え始めた。

 それは余裕ばかりではなく、心底家を出たいと思っている願望と、新しい国王に対する興味とで出来上がっているのを見て、イルセアは溜息をついた。

「じゃ、オレメシ食いに行ってくるわ」

 そう言って、元上司は部屋を出て行った。

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2007年11月13日 (火)

出会い-1

Sasie1_2 「おはようございます、陛下。───陛下… おられませんね?───」

 着替えを持ってきた女官が辺りを見回しながら部屋に入り、そこに誰もいないのを確認して安堵の溜息をついた。

国王が即位したその日に、着替えを手伝いに行った女官二人が戻ってこなかった。しかも、その時に行方不明となったのは、二人ではなく、軍司アスタ・クルエラや、老と呼ばれるかなりの魔力をもつ魔法使いを含む6人であるらしいことも、周知のこととなっている。

強い魔力を持つ者がいとも簡単に消されてしまっていること、それが起こった場所、それからしばらく寝所への出入りが禁止になっていたことを考えると、真相は伝えられずとも、その原因は新しく来た国王のものであるに違いないと誰もが容易に判断することができる。

前国王エスタは、国全体を覆う「護りの魔法」を維持するために、眠りにつくことで体力の消費を極限まで抑えていた。それを、典医を兼ねていたアスタ他数名で世話をしていたため、姿を見ることなどかなわなかったが、この度の国王は普通に生活ができるらしい。

そのためだろう、寝所は数日前から再びできるようになったが、新しい国王の姿を間近に見たものはいなかった。食事でさえ、いつの間にかなくなっている様子で、寝所に寝泊りしているのは、今は太子ラウル・ジスターゼひとりではないかと思いたくなるほどであった。

陛下がどのような人物か会ってみたいと思う反面、今まで誰もが、廊下で国王とすれ違うようなことを経験していないだけに、もし出会ってしまった時はどうすればよいか、その時に何か相手の気にそぐわないことをしてしまったら、自分も消されてしまうのではないだろうかと、気が気ではないのも確かだ。

自分の担当の時間に、陛下がおられなかった。特に探し回る必要もないといわれているので、今回は助かったと胸をなでおろすしかなかった。

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