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「魔物の卵… ですか───」
軍司補佐官セクティ・ノーラは、ひきつった声で言った。
彼は前任のアスタの代から補佐官を務めており、当然、そこに出入りする大将たちの顔も、どのような性格の持ち主かも知っている。その中で、一番上司にはなってほしくないと思っていた人物が、今回ここの部屋の主となったことを憂鬱に思っていたところへ、早くもとんでもないことを持ち込んでくれたようだと、執務室の前室で頭を抱えていた。
おまけに、一緒に子供がついてきたと思ったら、国王陛下であると紹介され、一緒になって卵を眺めているのでは苦言の呈しようもない。
それから何人か大将や中将といったクラスの人たちが挨拶に来たが、大臣という肩書きとは何であるかを忘れてしまいそうなくらい、皆一様にお友達であったり、弟分扱いであったりで、本人からも威厳というものが全く感じられない。学校を卒業してここへ出入りするようになって、まだ2年程しかたっていない人物にそういったものを求めるのが間違いなのか…… 逆に言えば、もう2年も経っているのだから、もう少し雰囲気を感じ取ってくれてもよさそうにも思う。
───そういえば、クルエラ様もこの人には甘かった。
魔力の強さで身分を決めているのだから、ある程度魔力で下を治めるのは当然というような人だったのに、クラウセル様には、城に来たころからよく世話をやいていたし、クルエラ様ではなく「アスタ」と呼ばせていたのもクラウセル様ひとりだ。
考えていることは、周りにだだ漏れだし、仕事はそつなくこなしているようだが、態度はまじめだとはいえない。服装だって、肩から背中へ垂らす布の長さで身分を表現しているというのに、動きにくいというだけの理由で短めにし、しょっちゅう下の者に同僚と間違われている。ジョゼの魔力を大きく評価する上の判断が間違っているのでは? とさえ思ってしまう。
陛下の方はといえば、セクティ自身もそうだったが、大将とされる者たちもその姿を知る者はいなかったようで、なぜ子供がここにいるのかと不思議そうな顔をする人たちがほとんどだった。陛下は入ってきた人物の顔に一瞥だけ与えると、すぐに卵の方に視線を戻したり、窓の方へと向けたりで、この部屋に入ってきてから、ひと言も口をきいていない。「彼は?」と疑問を口にした人には、ジョゼが国王陛下であることを告げたが、それとセットでいる魔物の卵の方が、存在としては重要に見えたようで、少年の抱えているものの正体を知って、呆れて帰っていく者の方が多かった。中には、陛下の姿を見た途端、稚児など連れて来おって…… と考えた人もいたようで、さすがにこれにはジョゼも表情を曇らせて、
───そんな趣味はねぇ……
と、心の中でつぶやいているのが、セクティにも聞こえた。
夕方になって、いよいよ卵のヒビが大きくなり、時々くちばしの他に目や翼らしきものも時々見えるようになってきた。どうやらこれは鳥の形をした魔物であるらしい。
やがて、すっかり孵化して、1時間も経つころには濡れていた綿毛も乾いて、真っ黒なふわふわ、もこもこの丸々とした雛が姿を現した。
「結構かわいいな。───餌は… やっぱり肉だろうな…」
それを聞いたセクティは溜息をついた。もはや、森に返すとか、そういう気はないようだ。これから毎日あの魔物がここにいて、それが日々大きく、凶暴に育っていくことを考えると憂鬱だった。
その様子をシルフィールは見つめていたが、声をかけるようなことはしなかった。
ジョゼが大きく伸びをした。
「やっと、本日終了。───腹減ったなぁ…… よ~く考えたらオレ、今日何も食べてないや。───陛下もお昼食べなかったね。お腹空いたよね。一緒にごはんしようか」
その様子を見て、セクティは今日一日の疲れがどっと倍に膨らんでいくのを感じた。
今、目の前にいるこの無口な少年が国王陛下であると告げられた瞬間から、何か失礼があってはならないと緊張のしどおしで、お茶を出そうにも、自分が直接声を掛けていいものかも判断できず、結局何もできないまま時間だけが過ぎたというのに、この若き軍司は、何の意識もせず、友人に対するものと同じように声を掛けている。若さゆえのものか、本当にバカなのか、それとも陛下の許しを得てそのような話し方をしているのか─── だが、考えてみれば今までの国王陛下は城の寝所でひっそり眠っているもので、歩いているところはおろか、姿すら見かけたことがないのが普通だった。ラウルも、王太子として存在は知られているが、直接言葉を交わした者はほとんどいない。つまり、いくら大臣という国王に直接会うことを許された存在の近くにあっても、それ以上に上の存在には慣れていないのだ。
色んな考えだけが空回りしている間に、ジョゼたちは帰り支度をすませ、セクティに別れを告げた。
この人について明日からちゃんと働けるだろうか? 不安だけが重くのしかかってくるのを感じた。
寝所では、ラウルも加わって3人での食事となった。
メインで出てきた肉料理を、ジョゼが小さく切って雛と思しきものに与えている。それを不愉快そうに眺めていたラウルが口を開いた。
「ジョゼ・クラウセル、さっきから気になっているのですが……」
「あぁ、これ? 今日、陛下が見つけた魔物の雛だよ」
さらりとジョゼが答える。当の見つけた本人も、何も気にした様子はなく、自分の目の前に並べられた食事を片付けていくことに専念している。
「───それは、わかりますが、それをいったいどうするつもりですか?」
なんとなく、帰ってくる答えがわかりそうな気もしたが、一応聞いてみることにした。
「……ここで飼おうかと思っているんだけど───」
「……ここで… ですか?」
城の上を何度か飛んでいる姿を見たことはあるが、ラウルはこれまで魔物をあまり近くで見たことがない。魔物は恐ろしいものとしか考えておらず、一つ屋根の下に仲良くいるなんてことは全く考えられない。
「部屋はあるんですよね。オレの家では、周りに人間が多くいすぎて連れて帰るなんてできないし… ここなら、対処できる者も多くいるから安心だし」
「───対処できるかどうかはともかく…… つまり、あなたもここに住むということですか? それならもっと早く言ってくださらないと。私の他に、大臣だからと部屋を使っているのは、トゥールとクルエラくらいですから、他の部屋は使えないことはないですが、それなりの準備が必要ですよ」
「じゃぁ…───アスタの部屋でいいよ。あの部屋なら何度か入ったことあるし」
シルフィールが顔を上げ、しばらくジョゼの顔を見つめたが、何も言わずにまた食事へと戻った。
「───あなたがそれでいいというのなら、かまいませんが…… それは暴れたりしないんでしょうね…」
それとは勿論、魔物の雛のことだ。寝ている間に襲われるようなことがないのか、きちんと確認をとっておかないと、落ち着いて眠ることすらできなくなってしまいそうだ。
「大きくなるまでには、何かいい方法を考えておくよ」
とても安心を得れそうにはない返事に、ラウルは深く溜息をついた。
食事を終え、アスタの使用していた部屋に入ったジョゼ。部屋の中はきちんと掃除をされてはいるものの、その部屋の空気は、まだ前の主の帰りを待っているようだった。
魔物の雛はザルのようなかごに入れられ、昼間ジョゼが着ていた服にくるまったまま眠っている。そのかごを近くにあったテーブルの上に置き、ベッドに腰掛けて辺りを見回してから、今自分が入ってきた扉を見つめた。勿論、誰も入ってくるものはない。
アスタが姿を消してから、もう半月ほどの時間が経つ。ジョゼも何度かアスタの気配を追ったりしてみたが、何もひっかかってくるものはない。イルセアが、陛下がかかわっているようなことを言っていたのを思い出したが、今日一日シルフィールの様子を見ている限り、噂は真相を語ってはいないように思えた。
あれでは機嫌を損ねたというよりは、状況が飲み込めず混乱していたといった方がまだ可能性が高いように感じる。
───ジスターゼ様に、事が起こった状況くらい聞いてみればよかった。
もし、混乱ということであれば、落ち着いてきている今なら、状況を説明して陛下にも探索を手伝ってもらうことは可能ではないのだろうか?
いろいろな思いと考えが、次々に浮かんではくるが、やはり状況を知らないことには、すべてがたとえば… の話になってしまう。
ベッドに横になりかけて、また扉へと視線が動いた。
「突然いなくなられるのも、何とも複雑な気分だな……」
数日振りにベッドで横になるというのに、緊張が完全には取れない夜になりそうだった。
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